薬害について

「薬は何も治さない。もっと違う方法があるんじゃないか。薬に頼らない精神医療のシステムを確立せよ、と強く言いたいです。」これはPTSD(心的障害後ストレス障害)と診断され、抗精神薬を多剤服薬していた患者さんの断薬後の言葉です。

「抗うつ剤には攻撃性や興奮状態を出現させる副作用を伴う可能性があり、抗うつ剤などの影響で犯行当時、躁状態とうつ状態が入り混じり、心神耗弱状態にあった。」これは1999年全日空ハイジャック事件で機長を殺害した事件の裁判での東京地裁の判決です。

 

記憶に新しいのは、2014年理化学研究所の笹井芳樹氏の縊死自害の報道でしょう。いわゆるSTAP細胞の研究において、不正があったとの冤罪で不当な攻撃を受け、強い責任を感じた笹井氏は自ら死を選択したのですが、実は精神ストレスのため、心療内科で投薬を受けていたようでした。イギリスの精神薬理学者ヒーリーは「抗うつ剤で自殺する人は、淡々とした気持ちでするようだ。」と書いています。つまり薬物によって変に大胆になってしまうようです。

 

ウツは病気ではなく、単なるうつ状態

うつ状態というのは生きていれば多かれ少なかれ、いつでも誰にでも起こることです。人生の大きな転機に際して、選択に迷ったり、将来が不安になったり、眠れない日が続き、頭がボーッとなって考えがまとまらない、仕事にならない日々が続きます。打ち明けられる相手が見つからないと、さらに症状は続きます。しかし、これは病気ではありません。当然血液検査も正常、頭の画像診断も正常です。多少体温や脈拍数には変化があっても、それは病気ではありません。

ところがほんの一部の学説では脳内ホルモンであるセロトニンの低下が見られるとのことで、選択的セロトニン再取込阻害薬SSRI(selective serotonin reuptake inhibitors)という薬物が使用されます。実はこれは大きな誤解があります。うつ状態の人にセロトニンが不足しているのではなく、このSSRIという薬物がうつの気分を一時的に晴らしてくれたため、セロトニンが高まれば効果があるだろう、ひいてはセロトニンが不足していたのだろうと強引に結論付けただけなのです。セロトニンを増やすという薬効があったため、脳でのセロトニン不足があったことになってしまったのです。脳内のセロトニン濃度など、測定できるわけがありません。すべて類推であり、投薬をさせるための学説です。

このSSRIという医薬品は、当初ルボックスという名前で1999年に新発売されました。ところが、自殺リスクを高め、凶暴性が増すとの悪評が立ち、改良型が出ました。

それがパキシルというSSRIですが、副作用は似たようなものでした。名前を変えて新薬のような印象を与えるいつもの手口です。ジェイゾロフトという新薬も発売され、これも非常に多く使われています。そしてまた改良型ということで、SNRI(セロトニンとノルアドレナリン再取り込み阻害薬)というサインバルタが2010年に発売されました。こうして副作用情報が広く認知されるとその名前を変え、新薬が出ます。これなら大丈夫というわけですが、似たり寄ったりです。

 

はっきり言って今では製薬会社もその副作用に気づき、添付書にはその危険な副作用がしっかりと記載してあります。すなわち製薬会社は、この副作用の但し書きを添付することで製造責任を逃れています。あとは処方する医師の責任ですというわけです。

ところが心療内科・精神科・神経内科などでは相も変わらずこれらの抗うつ剤を今でも日々処方しています。どの心療内科も出しているのだから、自院だけが責任を取らされることはないだろうと高をくくっているのでしょうか。投薬習慣を作れば、患者さん側の薬物依存もあって確実に通院をさせることが可能なのです。

こうした製薬会社も資本主義社会の中で他社と熾烈な競争をしながら活動しているわけで、商品を売るためには、あらゆる宣伝啓蒙活動をしています。それは仕方がないとしても、そんな宣伝活動に迂闊にも乗せられてしまう医師側に大きな責任があると思います。学会などで洗脳されて、薬効を信じこんでいる医師も居れば、また開業医も確実なお客(患者)を得るために、リピーターを確保しやすいよう、投薬を繰り返しています。これらが全額自己負担の自由診療ならまだ許せます。多額の税の補填を受けながらの自由経済活動は何かしっくりときません。健康保険の自己負担が少ないことも原因の一つかもしれません。

 

薬物以外の改善方法を

こうした心的トラブルに対しては、かつては職場の上司、信頼出来る知人友人、学校の恩師や親類などが打明け話を聞いてくれました。現代ではこうした関係がどんどん希薄になってしまい、適切な相手が見つからないことが多く、話す相手がなかなかいません。

昨今ではこの役目をリラクゼーション系の業界が肩代わりしているのではないでしょうか。温熱療法や、リフレクソロジーの店舗、鍼灸院やマッサージ店、いわゆる補完代替医療と言われる分野が大きく活躍するのです。クライアントの話をしっかり受け止めてくれる場所、またスキンシップを通じて大きな安心感を得られる場所として重要と思われます。速やかに投薬を中止し、こうした方針に変えるべきです。

しかしその以前に改めなければならないことが、こうしたうつ状態を招いてしまう、過酷な職場環境でしょう。ようやく最近、過労や時間外労働、パワー・ハラスメントなどの労働条件悪化の問題が論議されるようになりました。

職場で嫌な思いをした父親が、その腹いせで子供に辛く当たってしまう。その子が年少の弟をいじめ、その弟は腹いせでおとなしそうな同級生をいじめる。負の悪循環がドミノ現象のように連鎖するとき、マイナスの感情がどこまでも広がっていくのです。最終的に最も弱いものがその連鎖を受け入れてしまうので、うつの症状が発生します。どこかで食い止める必要があるでしょう。かつての軍隊組織における初年兵いじめのような陰湿な体質が、今でも厳然と残っています。

参考1「うつに非ず うつ病の真実と精神医療の功罪」 野田正彰著 講談社刊

 

参考2「のむな、危険! 抗うつ剤・睡眠薬・安定剤・抗精神薬の罠」北野慶著 新評論刊

スローフードについて

ようやく日本でも盛んになってきたのが、このスロー・フード運動です。ご存じのように世界中がファースト・フードに席巻にされていることに反発して始まった活動です。イタリアが発祥とも言われますが、日本の和食はスロー・フードの典型、かつては日本中がスローフードでした。

 

近年急速に増加しているガンなどの難病が、現代の食生活と無関係だという方は、今や少数派と思われます。また医療者にとって、ガン発生年齢がどんどん若年化していることは、非常に憂慮すべきことです。しかしどの食品が発ガンに関係があるかは、現時点でははっきりしていません。

 

しかし邪食の代表として最初に皆さんが思い浮かべてしまうのがいわゆるファースト・フードだと思います。しかしこの食文化そのものが、全て健康に悪いとは思いません。日本のおにぎりなどは、持ち運び簡単、箸や食器も要らずに食べられるファースト・フードの元祖です。一方で以下の4つの特徴を持つファースト・フードは要注意です。

 

第一に原材料にかけるコストをぎりぎりまで削減している場合です。こうした場合輸入品や大量生産の安価で安全とは思えない食材が使われることが多いのです。当然オーガニックや無農薬などの安全な食材とは無縁のものになります。これでは困ります。安ければいいという仕入れ形態が恒常化している業界、食の安全を考えていない業界は避けましょう。

 

第二に人件費にも徹底的に予算を削減している会社です。いわゆる非正規雇用が通常で、最低賃金での過剰労働が行われる危険があります。当然プロフェッショナルな社員の数は少なく、食材や食の安全に無関心な、いわゆる素人さんが店の前線で働いています。

 

第三に、コスト削減の方針が使い捨て文化に現れている場合です。食器洗いや重い食器などは最初からありません。紙コップ、紙皿、さらにプラスティック製品が大部分です。そのままテイクアウト(お持ち帰り)が簡単で、ゴミが増えることはなんとも思っていません。

第四に、宣伝広告費にはしっかり経費をつぎ込んでいる場合です。商品のプロパガンダには糸目をつけず巨大な資金を投入しています。お金に目のくらんだ芸のなさそうな芸能タレント等を使っていかにも美味しそうなコマーシャルを連日垂れ流し。ですから売り上げの相当な部分がマスコミを通じて首都圏に流れると言っても過言ではないでしょう。

これらは地産地消に全く貢献していません。

すべてのチェーンストアやフランチャイズの外食産業がこれらの悪条件を持っているわけではないですが、日本全国どの街にも同じ店ばかりが並んでいるという悲しい現実があります。

 

スロー・フード運動

こうしたファースト・フードに対してスロー・フードが生まれました。なんのことはない、昔から日本にあった食文化です。まずは家庭料理に戻れということです。地産地消、できれば無農薬栽培、有機野菜を使い、さらに季節の新鮮食材をじっくりと時間をかけて調理をし、さらに時間をかけてそれらを味わうのです。そんな当たり前のことが現在の都市では非常に困難になってきているのです。

 

親は共稼ぎ、子供はといえば学校や塾で過密なスケジュール、さらに通勤地獄、無意味な残業等の諸事情は、ゆっくり食事を作ったり食べたりする暇を与えてくれません。真にスロー・フードを実践しようとすれば大きな社会変革も必要になってくるのです。それこそゆっくりとスローに改善していくほかありません。即効性の改革は難しいようです。

 

スロー・リビング

スロー・フードの環境を整えるには、スロー・リビングに移行していく必要があります。衣食住を根本から見直していくことです。物を長く使う、大切に使う、直して使うという当たり前のことが、現代では少数派になってしまったのです。さらに建材や家具、衣服なども本来は身土不二(その土地のものを使う)でした。自然な材料、地元の材料で、地元の職人が地場産業として作ったもの、こうしたものは自然に還っていきます。日本中がその土地の木材、竹、草、岩石、土を使って家屋を作り、さらに家具や建具ができていました。

 

またこうした商品は、近江商人ではないけれど、三方も四方も満足なのです。つまりユーザー満足、売り手満足、作り手満足、環境も満足、この精神がスロー・ライフです。

 

ユーザーにも急がない、焦らない覚悟が必要ですし、最初は周りと比べない、飾らないと言う謙虚な姿勢も持っているべきでしょう。もったいない精神は大切にされるべきで、これこそが未来のスロー・ライフを推進します。

 

スロー・シティと言う運動がヨーロッパを中心に広がりつつあります。系列店の大型店舗で大量生産の割安品を買うのではなく、なるべく顔の見える地元の自営の店でお金を使います。お金が地元で循環すれば、大都市だけが潤うという悪循環が減っていきます。公共交通機関が十分にあって、マイカーがなくても生活ができる街づくり、隣近所が顔見知りで、介護保険とかの公共援助がなくても済む街が理想なのです。アンチ・グローバリズムという考え方が徐々に日本にも浸透してきました。様々な自営業が成り立つ街づくりをしていきましょう。税金に依存しない、政府の干渉が不要な街にしていきましょう。